国別カフェの過ごし方と外部空間での匿名性

ああ、とうとう、パソコンしたり勉強したりできるカフェを家の近くに発見!
ここイタリアではとってもストレンジスタイルなのです。
カフェはカフェ、友人達やマスターとおしゃべりを楽しむ場所。
アペリティーボ文化も盛んだけど、一人でいくのはとってもヘン。

日本がいかに個人主義に適した社会になっているのか痛感しています。
それと他の事例もあわせて、日本がいかにいかにアメリカンスタイルを
追っかけているかを痛感しています。これはほんとに大発見だった。伝えたい。

そんなイタリアなのにこの場所、あたしが持ってた(大好物の)トマトまで
カットして出してくれた。通いつめます。

ちなみにこのポストのあと、

・イタリアでは広場や道ばたなど外部空間を良く使うので、外で本を読んだりする
・若者はお金がないので一人カフェをするためにお金を使えない
・パリには一人カフェできる場所は結構ある(フランスは日本的カフェ文化、
 ていうかフランスやアメリカから日本に入ってきた)
・スペインは両方オッケー
・アジアは匿名性が家からの距離と比例している
・日本人は核個人化が進んでいる

など何ど色んな意見をいただきました。
沢山の人の経験と意見を集めると、深い考察になりそう、、
もっとちゃんと書きたいけど、ギブアップw

そして、やはり、東京は特異。
あんなに一人で色んな場所に行きやすい都市はないんじゃないかと思いました。
社会(人間)の要請に対して箱を作り続けてきたから、
さらに勢いが増したというか(鶏と卵かもしれない)。
逆に、きっと都市の作り方次第で、意図的に方向性を変えることができるんだな、
ということも実感を持ちました。


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